なぜ、あなたの企画書は通らないのか

プロンプトと要件定義

金曜の夜。差し戻された企画書を前に、「もっと詳しく書けばよかったのか」と自分を責めた経験はないだろうか。30ページの資料は「検討中」フォルダに沈み、半年後には、誰も覚えていない。

はっきり言う。問題は、あなたの書き方ではない。文書というメディアそのものにある。

同じ企画書でも、10人が読めば10通りの画面を思い浮かべる。エンジニアは技術的な制約を、デザイナーは画面の流れを、営業は顧客の反応を——それぞれの頭の中に、違うものを描く。この「解釈のずれ」は、どれだけ精緻に書いても、文書では埋められない。むしろ、書き込むほど読み手は増えた情報をそれぞれに解釈し、ずれは広がっていく。これは、企画書が次々と立ち消えていく悪循環だ。

シリコンバレーの著名なプロダクト論者Marty Caganは、もっと厳しい言葉を使う。フィードバックを集め、ロードマップを引き、PRDを書く——その一連の作業を、彼は 「シアター(劇場)」 と呼んだ。プロダクトマネジメントの本来の仕事ではない、ただのパフォーマンスだ、と。

AI時代、この指摘はさらに切実になる。なぜなら、文書を整理するだけの仕事は、AIが代行できてしまうからだ。Caganの趣旨を借りれば、PdMがAIを「シアター」のためだけに使っているなら、その仕事はエージェントや、エンジニア・デザイナー自身が簡単にやってしまえる。文書を書くだけのPdMは、置き換えられる側に立っている。

では、どうすればいいか。答えはシンプルだ。解釈のずれが起きない媒体で伝える。 それが「動くもの」だ。プロトタイプを画面共有すれば、全員が同じものを見る。「実現できるか」の議論は「これをどう良くするか」に変わる。30ページのPRDで3か月かかった合意が、動くものを前にした短い時間で決まる。

企画書が通らなかったのは、あなたの能力の問題ではない。媒体の構造的な限界だった。だから、媒体を変えればいい。パワーポイントより、URLを送れ。

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